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「主の公現」の大祝日を迎え、教皇フランシスコは、バチカンの聖ペトロ大聖堂でミサを捧げられた。

カトリック教会の典礼暦は、1月6日に「主の公現」の祭日を祝う。

「主の公現」とは、幼子イエスへの東方の三博士の訪問をはじめ、キリストの洗礼、カナでの最初の奇跡など、キリストが公に人々の前に姿を現され、そのイエスを通して神の栄光がすべての人々に現れたことを記念する。

イタリアではこの日は祝日に当たり、バチカンの大聖堂へと続く大通りでは、東方三博士らに扮し時代衣装に身を包んだ人々の行列も行われた。

教皇はミサの説教で、すべての人々の光・救いである主へとわたしたちを導く、東方の博士たちの3つの態度、「星を見る」「歩む」「贈り物を捧げる」について考えられた。

「星を見る」ことについて教皇は、なぜこの博士たちだけが星を見ることができたのかと問い、それはおそらく多くの人が目を天に上げないからであると話された。

実際、わたしたちは健康とお金と少しの楽しみさえあればそれでよいと、地面を見て満足していると教皇は指摘。

わたしたちはまだ、天を見上げ、神を求め、神の知らせを待つことができるだろうかと語られた。

これに対して、博士たちは漠然と生きることに満足せず、真に生きるためには、高い理想が必要であると直感し、常に天を見つめていたと話された。

また、たとえ多くの人が天を見ても、その星を追わなかったのはなぜかとも問う教皇は、それはイエスの星が、眩しく目をくらませるものではなく、目立たず、優しい光を放っていたからであると述べた。

わたしたちはどの星を追うのか? 成功や、富、出世、名誉、享楽は、少しの間輝いても、そのうち消えてしまう流れ星のようなものである。それに対し、主の星は常に強い光を放たなくても、いつもわたしたちと共にあり、人生の中でわたしたちを導き、「星を見て喜びにあふれた」(マタイ2,10)博士たちのように、わたしたちを平和と喜びで満たしてくれる、と話された。

博士たちが取った第二の態度、「歩む」ことは、イエスに出会うために不可欠なことと教皇は強調。

主の星は、歩むことと、それに伴う日常の労苦、不要なものを捨て、安楽な生活にはない予期しないことをも受け入れる覚悟を要求する。イエスを求めるには、動き、出かけ、立ち止まらず、勇気をもって進んでいかなければならないと説かれた。

幼子イエスに出会うには冒険が必要だが、それは十分に意味のあることと述べる教皇は、幼子イエスを見出す時、その優しさと愛を発見すると同時に、自分自身をも再発見するであろうと話された。

教皇は、イエスのもとに到着した博士たちがしたこと、「贈り物を捧げた」ことは、イエスご自身が「ご自分を与えた」行為に倣うものと説明。

イエスはご自分の命を捧げるためにそこにおられ、彼らはイエスに、黄金・乳香・没薬という、自分たちにとって貴重なものを捧げた。

主と確かに出会った者は、見返りを求めず、主のために無償で与えなければならない。それはイエスの「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」(マタイ10,8)という言葉のとおりであると、教皇は語られた。

わたしたちのために小さくなられた神は、ご自分の最も小さな兄弟たちに何かを与えるように望まれると述べた教皇は、貧しい人、飢えた人、旅人、受刑者たちの存在を示された。

また、イエスに無償で捧げるとは、病者の世話をすること、難しい人のために時間を割くこと、自分に興味のない人を助けること、自分を傷つけた人を赦すことでもあると話された。

愛が空っぽである自分たちの手を見つめながら、今日、わたしたちは見返りを求めずに、自分が何を与えることができるのかを考えようと招かれた教皇は、わたしたちのその贈り物はきっと主に喜ばれるだろうと話された。

教皇、巡回興行者らに「皆さんの召命は、喜びを与える召命」

教皇フランシスコとイタリアの巡回興行組合関係者との出会い

15/09/2017 11:49
教皇フランシスコは、9月15日、巡回興行者協会の関係者とお会いになった。この日、バチカンを訪れたのは、イタリアの移動遊園地やサーカス関係者からなる巡回興行者協会の会員たち。

関係者らを温かく迎えた教皇は、その挨拶で、移動の生活を続ける巡回興行者と家族たちが日常的に出会う様々な困難、決して容易ではない生活に理解を示すと共に、これからも出会う人々に芸や喜びを通して、これらの興行の特別な美しさを伝えていって欲しいと願われた。

巡回興行者たちの歩みは、信仰に照らされ、神の摂理に信頼した歩みであり、その信仰生活の中で家族の存在は特に大切なものであると教皇は指摘。

また、彼らの移動生活において、滞在先の教会は霊的な安らぎを与える場所として重要な役割を持っていると述べ、巡回興行者たちと小教区の交流が広がることを希望された。

「皆さんの生活と仕事の召命は、喜びを与える召命です」と述べた教皇は、この召命を「使命」として、子どもや、大人、お年寄りたちに、健全な娯楽を提供して欲しいと話された。

そして、教皇は、巡回興行者のこの召命と使命の中には、わたしたちの幸せを望まれる神の手が働いていると述べ、関係者らが神から来る喜びのメッセンジャーとして、純粋で素直な喜びを皆に与え続けていくことを望まれた。

 カトリック教会のニュース

教皇、セミナー参加の新任司教らに励まし

教皇フランシスコと、セミナー参加の新司教らとの出会い

14/09/2017 11:37
教皇フランシスコは、バチカンのセミナーに参加中の司教らに挨拶をおくられた。教皇庁司教省(長官:マーク・オーレット枢機卿)と東方教会省(長官:レオナルド・サンドリ枢機卿)によって開催されたこのセミナーには、この一年間に任命された世界各国の新司教たちが参加した。教皇はこのセミナーを、新しい司牧者たちを知り、司教らに与えられた特別な任務について彼らと共に考察を深める機会として喜ばれた。「神の恵みの福音を力強く証しする」こと(使徒言行録20,24)と、「霊に仕える務め」(2コリント 3,8-9)を、教皇は特に司教の任務として提示。今回のセミナーのテーマである、聖霊が託した「神の教会の世話」(使徒言行録20,28)という使命を果たす上での「霊的・司牧的判断」について、助言を行われた。

教皇は、司教らが霊的・司牧的判断を下すために忘れてはならないこととして、「すべての真の判断の主役は、聖霊である」と強調。

神に導かれた者だけが他の人を導くことができ、心の中に羅針盤としての神を持ち、神に親しむ者こそが、その識別のうちに、託された人々を教え育てることができると話された。

また、霊的・司牧的判断は、聖霊が教会に与える恵みであるからには、司教は孤立した牧者としてではなく、常に教会という共同体における牧者の行動として、判断・識別を行なうべきであり、そのためには教会のすべての要員たちの有益な声に耳を傾けることが必要と述べられた

信徒や家庭、聖職者、教会や社会など、皆が神の望まれる善を選び、実現できるよう、司教はこれらの人々・共同体に忍耐と勇気を持って寄り添っていかなければならないと語られた。